やっぱり、帰ろう。2時間目の英語の授業まで教室で過ごした私は、カバンを持って教室を出た。私が早退なんて珍しいことじゃない。逆に、学校に来ていることの方が珍しいくらい。それでも先生に会えば小言を言われるから、そっと階段を降りて小走りで昇降口に向かった。このまま靴を替えて、走って学校を出よう。思っていたのに、「どこ行くの?」後ろから声がかかった。それも、山口先生。一番会いたくなかったのに。「来なさい」あーぁ。やはり、呼ばれてしまった。連れて行かれたのは生徒指導室。いつものように先生の前に立たされる。「何で授業に出ないの?」心配そうに訊かれ、「どうせ、単位も出席日数も足りないんです」正直に答えた。自業自得と言えばそれまでだけど、高校に入った時からの欠席が響いてもう卒業は絶望的なところまで来ている。実際、拓也も信吾も最近は全く学校に来ていない。「それでいいの?」はあ?良いも何も、今更どうもできない。やり直せるなら、私だって人生をやり直したいと思っている。「仕方がないじゃないですか」「お前はそれでいいと思っているの?」だから、「もう、いいんです」寂しそうに私を見る先生。「じゃあ、帰れ」「えっ?」「自分で納得しているんならどうしようもない。帰りたければ帰りなさい」先生・・・「何だ、また竹浦か」ちょうど、学年主任が入ってきた。ゲッ。私はこの人の嫌みが一番嫌い。「なあ竹浦、お前もそろそろ大人になれよ」
10分ほど歩いて、小さなベーカーリーへ入った。 店内は焼きたてパンのいい香りがして、私の緊張も緩んでしまう。 「好きなパン選んで。飲み物を注文すれば一緒に席まで運んでくれるから」 「はい」 私は、フレンチトーストとオレンジジュース。 先生はサンドイッチとアイスコーヒーを注文した。 店の奥に備え付けられた小さなテーブル。 「何でこんな時間にいたの?」 美味しそうなパンを目の前に、再度訊かれた。 何でって言われても・・・ 「昨日、家に帰ってないの?」 ああ、そこ。 「まあ」 「外泊なんて、感心しないなあ」 分かっている。 いいことをしているとは思っていない。 なんだか段々悲しい気分になってきた。 きっと、先生は私を軽蔑している。 外泊するような不良だと思われている。 「食べ方が、綺麗だね」 「はあ?」 思わず声に出た。 確かに、父さんも母さんもマナーにはうるさかったから。 「人が不快になるようなことはダメよ」って育てられた。 「愛情を持ってきちんと育てられた証拠だよ」 ポツンと言われた言葉。 「そんなことありません。私はいらない子だから」 つい言い返してしまった。 不思議そうな顔をする先生。 「色んな事情や、思いもあるだろうけれど、自分を大事にしなさい。そうしないと、きっと後悔するときがくるから」 事情を聞こうとはせずに、説教された。 私も先生もパンを平らげ、先生の支払いで店を出る。 「気をつけて
それにしても、「あの時、山口先生かっこよかったよね」私が言うより先に美穂が口にした。「そうだね」確かに、素敵だった。何よりも、信吾を守ってくれたことに感動した。「で、この後どうする」金曜の夜から一緒に過ごした土曜の朝。美穂に予定を聞かれた。この後ねえ、今の時刻は、6時。「ねえ、山口先生って隣町に住んでるのよね?」「確かそう言ってた」美穂のお父さんは大きな不動産屋を経営している実業家で、うちの学校の保護者会長。だからかな、前に山口先生の家の話をしていたはず。「美穂、住所分かるの?」「うん。住所入っているから、行けると思う」「行ってみようよ」美穂も同意して、私達は山口先生の家を探しにに行くことにした。朝っぱらから、美穂と2人で降り立った隣町の駅。10分ほど歩いて住宅街へ入った。新興住宅地って感じで、時々散歩中の人とすれ違う。「この辺だと思うけれど・・・」美穂が携帯を見ながら表札を確認する。確か、実家暮らしって言っていたから一軒家のはずだし・・・「あっ、ここじゃない?」美穂が表札を指さした。角を曲がったところにある一軒家。広めの庭は芝が植えられていて、綺麗にガーデニングがされている。「わりと大きな家ね」率直な感想が口をついた。その時、「梨華っ」美穂の焦った声。振り向くと、あっ。向こうから来るのは・・・犬の散歩中の・・・「逃げるよっ」そう言うと、美穂は駆け出した。私はなぜ
あの日から、山口先生のことが気になりながら私はなんとなく避けていた。時間がたつにつれて、山口先生のファンも増えていった。きっと、私のような不良みたいな子なんて相手にしないんだろうなと自分で納得した。「ちょっと、梨華-」廊下の先を美穂が走ってくる。何?「どうしたの?慌てて」「た、大変なのよ」ハアハアと息を切らす美穂。「何?」「信吾が、大変なの」はあ?信吾?美穂の話によると、体育館裏の窓ガラスが数枚割られているの出勤してきた先生が見つけたらしい。「何で信吾なの?」「たまたま近くにいたらしくて」はあ?それは言いがかり。「信吾が犯人って訳ではなくて、先生と言い合いになったらしくて」「今どこなの?」とにかく行ってみないと。信吾は短気だから、大ごとになりかねない。「体育館」私は走り出した。体育館の近くまで行くと、すでに人集りができていた。マズイなあ。「だから、俺は関係ないですって」信吾の声。「誰もお前がやったとは言ってないだろう。ただ事情を聞いているだけだ」「普段からの行いが悪いから、疑われるんだ」学年主任と教頭で、信吾を責めている。「何だよッ。俺は知らないって言ってるだろう」「その態度が問題なんだ」信吾も先生達も一触即発。すでに信吾は手が出かけている。このままでは、喧嘩になる。何とかしなくては・・・私は我慢できずに、一歩を踏みだしそうとした。その時、肩に手を置かれ、私の足が止った。誰?って振り向こ
翌日も、私は学校へ向かった。1度家に帰ってからの登校のため、時刻は9時を回っている。それでも来た私を褒めて欲しい。なんて都合のいいことを思いながら、こっそりと昇降口へと入った。もう1時間目が始まっている時間。当然周りには誰もいない。なるべく誰にも見つからないように、駆け足で階段を上がろうとしたとき、「何で、こんな時間に登校してるの?」山口先生の声。一瞬振り返れなかった。でも、「クラスと、名前」そう言われれば、振り向くしかない。「あのー、電車が止まっ」「止ってないよ」かぶせるように言われ、黙ってしまった。「来なさい」冷たい声で言われ、私は従うしかない。連れて行かれたのは生徒指導室。いつも見慣れた先生達は授業に出ていて空席。私は山口先生の前に立たされた。「名前」「竹浦梨華」「クラスは?」「3年D組」「遅刻の理由は?」「・・・」理由なんてない。ここしばらく、登校時間なんて気にしたこともない。誰も何も言わなかったし。「理由は?」私は黙ったまま。「山口先生、無駄ですよ。その子はまともに登校する気なんてないんです」たまたま戻ってきた年配の男性教師が言った。しばらく、山口先生は黙ったままだった。何度も私の顔を見て、何か言いたそうにして、でも何も言わなかった。「もういいよ。クラスに戻りなさい」そう言ったっきり、机に向いてしまった。何がもういいの?何も良くない。結局、先生も同じなの?面倒くさそうに見ない振りをして、私
就任式の夜、私は自宅に帰らずの愛さんの店に向かった。「「こんばんは」」美穂と、信吾と、拓也と私。幼稚園から一緒の仲間で、中学の頃からは週の半分を一緒に過ごしている友達。「どうぞ」出されたのはノンアルのカクテルと、ウーロン茶。さすがにアルコールは出さない愛さん。その辺はわきまえている。飲んでる振りをして、私達は店に馴染んでいった。その時、「こんばんは」爽やかなイケメンが入ってきた。んん?「あら、海人さん。お久しぶりね」「ああ。久しぶり」やばい。そーっと逃げようとしたけれど、「梨華どうしたの?」愛さんに声をかけられて動きが止まってしまった。美穂も拓也達も、山口先生には気づいていない。「君たち、若いねえ。まさか、高校生?」山口先生が訊いてきた。「まさか、働いてますよ。社会人」美穂が言い、私達も頷いた。とりあえず、山口先生は納得した感じ。その後、山口先生はハイテンションでご機嫌にお酒を飲み色んな話をした。学校の先生になりたくて、1浪したけれどやっと今日なれたと教えてくれた。素敵だな。こんな風に人生を描けたらどんなにいいだろう。私の人生はもうボロボロだから。「君も働いてるの?」山口先生が私に声をかけた。「私は大学生。英文科です。通訳になりたいんです」半分本当で、半分嘘。何だろうこの気持ち。ちょっとだけ罪の意識を感じながら、それでも私は山口先生との会話が楽しかった。